大判例

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広島高等裁判所 昭和29年(う)509号 判決

所論は要するに被告人が公表した判示事実は公共の利害に関するものであつてその公表は専ら公益を図る目的で行はれたものであり且その事実は真実に符合するところである。仮に真実に符合しないとしても被告人はその事実を真実であると確信したものでありかく確信するにつき相当の理由があつた。従つて刑法第二百三十条の二により被告人の所為は罪とならないというにある。この点につき判断するに、まず被告人の公表した判示事実が公共の利害に関するものかどうかの点については右判示公表の事実が未だ起訴されていない人の犯罪行為に関するものであることは本件記録に徴し明らかであり従て刑法第二百三十条二項により右事実を公共の利害に関するものと言ひ得ること弁護人所論のとおりであるから進んで右事実の公表が専ら公益を図る目的でなされたものかどうかの点につき考えるに、原審において取調べた証拠によるときは被告人は広島県深安郡神辺町において時計の修繕業を営んでいたところ、昭和二十四年六月二日自宅において顧客より預つていた時計約七十個を窃取され多数の顧客に多大の迷惑を与へたので官憲の捜査により一日も早く窃盗犯人の検挙せられることを願つていたが警察における事件の捜査も仲々進捗せず徒に日時のみ経過したために顧客に対し保管者としての責任上弁償等適宜の処置をせず、そのまま放置することも最早や出来ない立場に立至つたので困却の末被告人において日頃嫌疑の眼を以て見ていた森井光之進をこの際窃盗犯人なりと公表するにおいては森井も困惑して被害の弁償をするものと信じこれを以て顧客に対する被害弁償にあて保管者としての責任を果そうと考へ遂に判示の如く判示事実を公表するにいたつた事実を認めることができる。右の事実によると判示事実の公表は主として窃盗犯人と信じている森井光之進より被害弁償をうける手段としてなされたものであつて窃盗事件捜査の進捗を図る等公共の利益のみを図るためになされたものと言うことはできない。従つて弁護人の主張はこの点においてすでに理由がないものといはねばならない。

仮に所論の如く判示事実の公表が主として窃盗事件の捜査の進捗を図る等公共の利益を図る目的に出たものであるとしても判示公表の事実が真実であると認め得る証拠もなく、また被告人において判示事実を真実なりと確信するにつき相当の理由があつたものと認め得る証拠もないこと次に判断するとおりであるからこの点においても弁護人等の主張は理由がないものといはねばならない。即ち原審において取調べた証拠並本件記録によるも森井光之進が昭和二十四年六月二日被告人方において多数の時計を窃取したとの事実は到底これを確認し得ないところであつて、被告人が森井光之進を窃盗犯人と認め得べき証拠としてあげている事実即ち(一)森井に窃盗の前科のある事実(二)森井が盗難のあつた日被告人方を訪ね被告人の妻であつた伊藤ワカヨと雑談して帰つた事実(三)事件の捜査を担当していた森山巡査が被告人に対し森井が盗難にかかつた時計(高橋官二所有のもの)を所持しこれを他に売却している旨話した事実(四)被告人が森井方の藷壺より盗難にかかつた時計(高木良治所有のもの)を発見した事実(五)森井が身分不相当のエルヂン十五石の外国製高級時計を持つていてこれを目崎某に買取つて呉れと話した事実(六)森井が延近コトに対し同女の盗難にかかつた時計は玩具のように見へる時計ですねと話した事実(七)松田鶴子が被告人に対し金に糸目はつけぬ又同女の義兄になる警察署長秋山某の顔汚しもしないから運動して呉れと森井より頼まれたが所存はどうかと話した事実(八)吉岡作蔵が被害弁償のことで被告人を訪ね被告人に対し森井より二十万円位貰つてお客へ謝罪さして赦してやつて呉れと話し、後になつて右二十万円を十万円に負けて呉れと話した事実(九)警察署において署員が森井の窃盗嫌疑は十分であつて同人を逮捕するかどうかは一に署長の決裁にかかつている旨話しているのを聞いた事実(十)森井が被告人を誣告罪で告訴すると言ひながら告訴しなかつた事実の如きはその中僅かに(一)(二)の事実のみ真実なりと認め得るにすぎないのであつて爾余の(三)乃至(十)の事実の存在は到底これを肯認し得ないところである。被告人は右(三)乃至(十)の事実を認め得るが如き供述をしているが右の供述は被告人が森井を窃盗犯人なりとする先入感により他人より伝聞したところを曲解虚飾し或は虚構の事実を捏造してなされた疑十分であつて到底これを信用することはできない。而して右の如く真実なりと認め得る(一)の事実については森井の窃盗の前科は二十数年前のものであり(二)の事実については森井が被告人方を訪ねた際同所にいた被告人の元の妻伊藤ワカヨにおいても森井に対し何等疑惑の念を抱かなかつたことが認められるのであるから、これら(一)(二)の事実のみにより森井を窃盗の犯人なりと認めることは到底できないし又かかる(一)(二)の事実の存在することのみを基礎として森井を直ちに窃盗の犯人なりと信ずるが如きは軽率のそしりを免れないものといはねばならない。従つて判示公表の事実を真実と認め得ないのは勿論被告人に判示公表の事実を真実なりと確信するにつき正当なる理由があつたものとも認めることはできない。

原審が証拠により判示事実を認定し被告人に対し名誉毀損罪の責任を問うたのは相当であつて何等所論の如き違法はない。論旨は理由がない。

(裁判長裁判官 石坂修一 裁判官 尾坂貞治 裁判官 大賀遼作)

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